玉田晴彦は今日も不機嫌だった。
「なんだってんだ、ちくしょう」
木場駅に急ぐ人が驚いて振り返るくらいの声で独り言が漏れる。
玉田のこの不機嫌は、昨日今日、始まったわけではない。
ここ数年、ずっと己の人生を呪いイラついているのだ。
実際、玉田の人生は最近の5年で劇的に変わっていた。
「なに見てんだ。バカ野郎。」
この玉田の怒りには充分な理由がある。
そもそも玉田は幸せな人生を送っていたのだ。
20代でそこそこ名の通った大学を卒業し
業界でも5本の指に入る印刷会社の子会社に就職した。
丁度、印刷業界にはコンピュータ化の波が押し寄せており
玉田はDTPのオペレータとして忙しく働いた。
オペレータとしてのセンスも良く人当たりもいい
玉田はすぐに主任に昇格した。
その頃、デパートの売り子をしていた由紀子と出会い
2年の交際を経て結婚。
この結婚は会社の皆にも祝福された。
そしてすぐに2人の子供に恵まれる。
安月給ながらも家庭は順調そのものだった。
30代では係長、そして課長へと順調に出世した。
役職の多い会社ではあったが、
玉田にも部下ができ、仕事の取り回しも上手くやった。
しかし玉田が40後半になる頃、会社に変革が起きた。
親会社が事業の再編・縮小に手をつけたのだ。
親会社から優先的に流れてきていた仕事は
同規模の同業他社と相見積で戦わさせることになった。
これまでまったく危機感を持ったこともなく
営業は親会社頼りという体制だった会社はあっという間に傾いた。
そしてそもそも過剰人員だということでリストラが敢行された。
社内の雰囲気は一変し、ぎすぎすしたものになった。
玉田自身はリストラを告げる側の立場にあったのだが
生来の優しさから悩みに悩んでしまった。
そして玉田は心を病んでしまう。
何かおかしいと通院のために2週間会社を休み、
復帰すると、玉田は栃木の印刷工場への出向を命じられた。
家族とは離れられない。
何とか東京に残してくれと玉田は懇願した。
その結果、豊洲の関連会社へ転籍となったのだった。
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