昨年の夏、会社の粉飾決算が新聞で報じられて以降、玲奈の属する部の愛すべき部長、秋月はことあるごとに「この部が潰れることなどあり得ない」と安心を強調していたが、残念ながら若手の社員は早々に会社に見切りを付け、多くが同業他社に移っていった。
そもそも粉飾決算の記事として最初に取り上げられたのはインフラ事業の進捗と決算に対する不透明性であったし、また社会インフラ事業本部長は取締役でもあったため、この粉飾決算の罪に連座して、次の株主総会では役員の座から引きずり降ろされるであろうことは誰の目にも明らかだった。
つまり下手をすれば事業本部ごとなくなる。
若手にしてみれば沈み行く舟に付き合う必要はなく、少しでも自分の値段が高いうちに他社に売りつけるべしという合理的な判断が働いたに違いない。
しかし大方の予想に反して、インフラ事業本部は潰れず、秋月部長の宣言どおり玲奈の属する部も御取潰しという事態を免れた。
Too Big To Fail様様である。
そこで部自体が存続しても、事業をこなすための人材が足りないということで、隣のタワーの社会インフラ事業部門から桜井高志が回されてきたのだった。
タワーのあっちとこっちとはいえ、玲奈は桜井のことを見知っていた。
いや玲奈に限らず31階の女子社員は、一般職、総合職を問わずに桜井高志のことを知っていただろう。
玲奈くらいの年になると全社的な女子ネットワークには参加できない。
そのためどこまで桜井が有名なのかは分からないが、少なくとも社会インフラ事業部門の女子社員の間では桜井は”翔君”と呼ばれ、密かに親しまれていたのだった。
名前が桜井で、顔が可愛く、若くて、話も面白い、仕事も出来るとなれば、芸能人に例えたくなる気持ちも分からないではない。
31階の女子社員は”翔君”が部を移動したということで、2日程度色めき立っていたが、その噂話もじきに盛り上がりを削がれていった。
人のことよりも結局は皆自分のことが大事なのだ。突然、移動を言い渡されるのではないか。肩を叩かれるのではないか。
女子社員、特に日ごろ噂に一喜一憂する一般職の女子社員には、そちらの方が気になっていたのである。
一方、玲奈にしてみれば”翔君”のことも退職勧告も、さして気にはならなかった。
玲奈はその時点で6月に結婚することが決まっており、5月末に退職することも秋月部長まで伝わっている。
幸いに玲奈の婚約者は同業者でもなく、どっちに転がっても生活は安定しているのだった。
披露宴に呼べる人が減るなーという悩み以外は、男も肩叩きもどうでも良いことだ。
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