・・・という訳で、僕も誕生日を迎えれば規定どおりの定年退職だ。だから誰も恨んじゃいないし、幸いにも子会社が役員として迎えてくれることになってる。だから僕のことなら心配しなくていい。これから期間一杯、受けている仕事に関して引継ぎはしっかりやる。残していく君たちには大変な苦労をかけると思う。ましてや会社がこういう時だからな。ただ、忘れないで欲しいのは1つ。今、会社の状況が大変で、世間からも逆風が吹いている。それでも、僕たちがやってきた仕事は、これまでもこれからも世の中に求められ、その成果は人々の生活を豊かにしてきたということだ。我々は会社云々ではなく、世の中の人の役に立っている仕事を行っているんだという、その一点を心に留めて、皆にはこれからも仕事に邁進して欲しい。
秋月部長が壇上でライトを浴び、集ってくれた人々に最後の挨拶をするのを玲奈は会場の端から眺めていた。
秋月部長が本社を退職するのではという噂はあっと言う間に社内に広まった。
部下を代表して直属の課長が秋月に確認を取り、本当だと分かると3月の頭に急遽、内々での送別会が開かれることとなった。
内々とは言っても本社の部員全員に、地方からの参加者、隣の部から、昔の部下から、部長の同期、他の部の部長までわれもわれもと参加を希望し、当日の飛込みまで含めると60人以上が集う大パーティとなった。
この会の主幹事は秋月から聞き出した課長が務めたが、副幹事を仰せつかったのが桜井高志と玲奈だったのである。
いや、大変でしたねえ。
送別会が終わると主幹事である課長は「後は任せた」と玲奈と桜井の二人を残し、秋月部長と同期クラスが流れた二次会に合流してしまった。
残された桜井と玲奈は最後の客を見送り、会場となったホテルとの人数確認を終え、後日清算の段取りを終えて、やっと大役の任を解かれたところだった。
桜井さんもお疲れ様でした。
手を添えてお辞儀をした。玲奈は基本的に年下であろうが総合職には敬語を使う。
しかし今は桜井に対して尊敬の念を持って敬語を使うことが出来た。
実は、桜井が移動で今の部署に移ってきたとき、玲奈は桜井を過剰に評価された若い子と見ていた。
しかし、ここ数ヶ月の桜井の働きぶりを見て、玲奈は桜井をすっかり見直していたのだ。
一般職の玲奈から見て、総合職、特に本社に勤める総合職は本当に優秀な者の集まりで、仕事はできて当たり前だ。
仕事の出来ない総合職など、そもそも本社にいる資格はないのである。
その意味では桜井は非常に手際がよく、前任からも上手に仕事を引き継ぎ、既存客との交渉もうまく、仕事は順調に回っていた。
ただ、それプラスアルファ。自分の担当の仕事以外の部分でどれだけ人のために動けるか。今まで様々なタイプの総合職を見てきた玲奈からすれば、これが会社の中で上に行ける人間かどうかの分かれ目と見ていた。
ライバルを叩き潰すような手法は今風ではない。少なくとも社内の人間を敵に回すようでは、上に行く目はないのだ。
そういう意味で、自分の仕事もこなしつつ、秋月のこの会のために、嫌な顔の一つもせずに副幹事をやり通した桜井は、玲奈の中で抜群に評価を上げていた。
いやー。これだけの人数が集まるなんて、秋月さんの人徳ですねえ。
本当に。今更ながら凄い人の下で働いてたなあって思いました。
取引先の人まで参加させて欲しいって言うんですから。
そうでしたねえ。お断りするのも申し訳ないようで困りました。
ロビーを歩きながら会話し、ホテルの出口の回転扉までやってきた。とその時、桜井が言った。
吉川さん、幹事が気になってあまり食べることが出来なかったでしょう?
僕もお腹が空いちゃって。良かったら一緒に食事どうですか。
大役を無事こなした達成感からか、戦友に向けての好意か、桜井が満面の笑みを伴って言った。
なるほどこれがみんなの言う”翔君”か。なるほどこの笑顔には参るね。
玲奈もつられて満面の笑みを携え「はい」と答えた。
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