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2016/10/22

「線虫」医師の見立ての回(7)臨時カンファレンス



ふーん。つまり患者の尿の匂いだ男性職員だけが頭痛と眩暈に襲われたということかね。女性はジャコウの匂いを感じただけだと。
えらく選択的ですね。
ジャコウはそうとう臭いって聞きますけど。

なんとでも言いやがれ。俺だって訳が分からない現象なんだ。相当馬鹿にされることを覚悟していたこのつまらない話なのだが、3人は妙に納得している風だった。いったい何なんだ。

それで江波先生。その他に患者さんで思い出すことはありませんか。なんでも結構です。
うーん・・・そう言えば。
なんでしょう。なんでも結構ですよ。
立つ女と立たない女がいると言っていたような。
勃起の話ですか。
そうですね。話の流れからはたぶん勃起の話だと思います。
これもまたえらく選択的ですね。ふーん。

西村が考え込んだ。

木谷さん、あなたも何か思い出すことはありませんか。なんでも結構です。患者の言動とか。
言動ですか。えーっと、シンタニさんが、あ、患者さんがつぶやいていた言葉で印象に残ってるのは「したい」とか「広げなきゃ」とか「生まれる」とかですかね。間違ってるかもしれませけれども。
何かに支配されているような印象は受けましたか。
いえ、薬物中毒かなと思ってましたので、そういう印象はありませんでした。

(支配ってなんだ。羽月教授、随分、妙な言葉を使うな。)

分かりました。他に思い出したことがあったら、随時で結構ですので仰ってください。色々お聞きしてすみませんでしたね。さて、では江波先生。脳神経外科医としてのフラットなご意見としては、この方は薬物中毒であるということで宜しいですか。
はい。先ほど、先生方が言われたように、選択的な部分ですとか非常に不可解な点が多いのは私も同意見ですが、患者の言動、脳と血液、尿、それから薬物検査の結果から言っても、その可能性は高いと思います。LSDは脳内麻薬と呼ばれる物質、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンに似た物質ですし、視床下部に影響して、幻覚、活性、欲情を引き起こします。アンフェタミン、メタンフェタミンは攻撃的な性格も生みますし、これらが患者の言動に影響を与えてると考えるのは非常に合理的な考えだと思います。肝臓や腎臓も薬剤性の障害が発生していると考えれば納得がいきます。

羽月教授がふむと腕を組んだ。そこに飯田が口を挟んだ。

セロトニンはどちらかというと行動を抑制するんじゃないの?
いや。セロトニンは体内生成で言うと本来は9割方、腸で生成されるんだ。そして体側のセロトニン量が増えると、脳で生成されるセロトニン量は抑制される構造になってる。そうなるとドーパミンの影響を受けやすくなる。腸は体の脳って言われるゆえんだね。

循環器内科の西村がフォローした。おい。お前、めずらしく使えるじゃないかと思って見ていると、羽月教授が腕を解き、再度口を開いた。

脳神経外科医としての結論は分かりました。ではお友達としてはどうですか。シンタニさんはあらゆる麻薬に手を出すような方かどうかという意味ですが。
そこははっきり言って分かりません。高校時代は少なくともそんな奴ではありませんでしたし、数年前の同窓会でも。ただ、時間が人を変えることはあると思います。少なくともデータ上は、変わってしまったのだと言うしかありません。残念ですが。

羽月教授はしばらく考えている風だったが、やがて話を進めた。

分かりました。では、今度は泌尿器科に送られてきたMRIについて話をしましょう。おい、飯田君。始めてくれ。
 
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