新谷は混濁した意識の中でうるさい女と威勢のいい男が部屋から出ていくのを感じていた。見えていたわけではない。では聞こえていたのかと言われると、正直なところそれも定かではない。もはや新谷の目に映るのは暗闇か、紫の小さな点の点滅か、もしくはサイケデリックな色の嵐しかなかったからだ。
だが人の気配が無くなるのは全身で感じられた。これで俺はひとりぽっちだと。
先ほどからやけに呼吸が苦しい。いや、それも苦しいのかどうか、本当のところは分からないのだが、たぶん自分の体は苦しんでいるのだろうと思えるのだ。知覚ではなく、感覚的なものだ。
なにしろ、聴覚だけが断片的に戻ってきたりする。そんなときでも痛みというやつはまったく感じられない。これまで生きてきて一度も感じたことのない不思議な感覚だった。
生命の危機が迫っているにもかかわらず、新谷が痛みを感じないのは、ピンクの夢の中を彷徨っているせいだったかもしれない。人は死ぬ瞬間に己の脳内に脳内麻薬をこれでもかと放出するという。それは死への旅立ちにあたって、人に痛みや恐怖を与えないための、神の最後の恵みなのだろう。その時の新谷のピンクの夢はこうだった。
ホテヘルノ ねえちャン 可愛イカッタな
チェンジなしでOKな感じでな
アレは ウメル オンナ ダッタぞ
ゴムがどうとか五月蠅かったけど
ゴムは コドモヲ ウミツケ ラレナイ カラナ
そうダ。中で出たときは気持ちよかったなあ。
そう スバラシイ シュッサン ダッタ
俺のフクセイガ ノコレバ
ソレデ マンゾクダ
ああ、そうか。さっきの興奮する男と恐怖する女以外にも、俺の傍には誰かがいたんだ。俺は一人じゃない。新谷はそれに安堵して、より深い眠りに落ちていった。
・・・
物音ひとつないラブホテルの部屋。
ベッドの上に横たわっているのは硬直の始まりかけた死体だけだ。
よくよく観察すると、その死体の陰茎の一部がわずかに動き、そして亀頭がほんのわずかに蠢いた。
じゅくりじゅくりと鈴の口が開き、その穴から申し訳なさそうに顔を出したミミズのような細い線虫は、やがて周りを見渡すかのようにゆったりと頭を振った。
宿主の体が何も生み出さなくなったことで、線虫は宿主の生命活動の終わりを理解していた。
ダレカニ キセイ セネバ ナラナイ
そんな論理的思考を持てるはずもない線虫は、死体の鈴の口からうねうねとひねり出て、40㎝にもなろうかというその茶褐色の躯体を白いシーツの上でただくねらせた。
(了)
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